暫定版 北 義人の短歌のページ

 

ありし日の北義人、妻季子撮影(武庫川河原にて)

 北 義人は私の父で1993年の5月31日に他界しています。遺稿集を作ろうとしたのですが撰歌に手間取ってなかなか発刊できませんでした。そこでとりあえずデータとして取り込んだ短歌をそのままホームページ上で暫定的に公開しようと思います。

 戦前からの短歌なので現在あまり使われていない難しい漢字や表現などがふんだんに使われています。ご年配の方から見るとルビは余計かと思われましょうが、若い世代には全く解読困難な熟語や漢字が多く使われているため、ふんだんにルビを付けることにしました。

  短歌は縦書きでないと表現しづらいのですが、無理矢理縦書きにするとWEB上で検索できない文章になってしまうため、あえて横書きで表現しました。

  義人が師事していた並木秋人門下の短歌は5、7、5、7、7の31文字の定型にこだわらず自由な長さで表現することを許していたようです。そのため短歌一首を文節で区切らず一行で一気に表現しています。なれないとちょっと読みづらいかも知れません。

 だいたい5、7、5、7、7で文節が切れていますので、その長さで指折り数えながら読むことをお奨めします。その方が短歌らしいリズムが感じられるようです。時々字余りがあったり、文節が区切り部分を渡っている場合があって、まるでパズルを解くような感じになりますが。

 

北 義人 略年譜   短歌個性阪神 1993(平成5)年10月1日追悼号 

短歌新潮 1949(昭和24)年から1952(昭和27)年掲載分

短歌個性 1952(昭和27)年から1955年(昭和30)年掲載分

ささはら 1959(昭和34)年から1961(昭和36)年掲載分

短歌新潮 1967(昭和42)年から1967(昭和42)年掲載分

木牙 1974(昭和49)年9月から1976(昭和51)年12月掲載分

木牙 1977(昭和52)年1月から1979(昭和64)年12月掲載分

木牙 1980(昭和55)年1月から1982(昭和57)年12月掲載分

木牙 1983(昭和58)年1月から1985(昭和60)年12月掲載分

木牙 1986(昭和61)年から1987(昭和62)年5月掲載分

短歌個性阪神 1988(昭和63)年から1993年掲載分

その他の作品

付録 息子から見た北義人のエピソード 

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