子育てで悩む前に(テレビなし子育て論)

 

テレビは勉強の敵か?

 私は実はテレビっ子でした。テレビを一旦見出すと深夜の番組終了時まで見てしまうことが度度でした。しかも見終わってからは「なんでこんなつまらない番組を最後まで見てしまったのか」と自責の念に駆られてしまいます。親からは「テレビばかりをを見ていないで少しは勉強しろ!」とやいのやいの言われ、親子喧嘩が絶えませんでした。もちろん良い番組あったのですが、ほとんどはどうでもよいような番組ばかりです。
 私は「自分の子供と毎日こんなに言い争わなくてならないのなら子供はごめんだ」と思ったくらいです。そこでふと思いつきました。「テレビと言う強力な誘惑があるから勉強がやりにくいのだ。ではテレビをなくしてしまえばうるさく言わなくても勉強できるのではないか?」「テレビはチャンネル権が親にあるわけではないので子供が好きな番組を見てしまう、貸しビデオなら親の選択で良い作品を子供に見せることが出来るし、時間をコントロールする事が出来る」と思ったのです。

 

テレビなしでどう育つか?

 そこで結婚して所帯を持った時を機会にして、あっさりテレビは棄ててしまいました。そのかわりテレビの受信機能が付属していないモニターテレビとビデオデッキやレーザーディスクプレーヤーを購入しました。テレビはないが映像を楽しむ生活は出来たわけです。その後ふたりの子供が出来ましたが相変わらずテレビなし生活を続けていました。
 「テレビなしで育てるといじめに合うのではないか?」とか「人付き合いの出来ない子になるのではないか?」等と周りの方に心配して頂きましたが、「テレビからの情報がなくても、本人がテレビ以外からの面白い情報を持っていれば別に疎外されることもないだろう」と気楽に考えていました。そのかわり貸しビデオ代にはかなりの金額を投入したつもりです、がそれでも平均すると月に3000円以下でした。これは受信料やテレビのコマーシャルに釣られて買ってしまう無駄遣い商品の金額などに比べると安いものです。
 二人とも楽しい学校生活を送っています。いじめとは全く縁がないようでした。テレビがないので本をよく読んでいます。図書館通いが子供たちと家内の日課でした。勉強の方は親から、がみがみ言われなくても、自分でやっています。「この子達が本当に私の子供なのだろうか?」と思ってしまうほど私の子供時代とは違っています。私の狙いどうりになったのです。私は親が子供に勉強を強要しても何にもならないことを身をもって体験しています。親がしてあげなければならないことは環境作りだと思います。それは物理的なこともあるだろうし、精神的なことでもあると思います。

 

バーチャルな世界に生きる現代の子供たち

 テレビとテレビゲームは子供が育っていくための貴重な時間を奪ってしまいます。現在世間を騒がせている青少年の犯罪の多くは、バーチャル(仮想現実)な世界で育った青少年が犯したものです。子供達は遊びを通して多くのことを学んでいきます。あなたも子供の時にいろんないたずらをやったでしょう。腹いせに石を投げて窓ガラスを割ったことはありませんか?でも子供に出来るのはそのぐらいです。大人になってからやってしまうと行動力が伴いますからとんでもないことになります。子供にとって「遊び」は成長する上での貴重な経験をもたらしてくれます。
  ところが現代は街で遊んでいる子供たちをほとんど見かけなくなりました。その時間彼らは何をしているのでしょうか? 塾で勉強? 家でテレビゲーム? テレビ鑑賞?その様な事は、子供の成長に必要な経験にはなりえません。
 テレビを家庭から追放するのと同時にテレビゲームも追放すべきです。ただすべて禁止するのではなくたまにゲームをする事も重要です、それも大事な経験の一つですから。子供部屋にゲームがあることが問題なのです。たまに街に出たとき、ゲームセンターでゲームを親子一緒に思い切りやると良いでしょう。
 自分の子供が「まとも」に成長していくためには外で思い切り遊ばせるべきです。


たまには友達のゲーム機で大型画面によるゲーム大会もよし

 

良い映像情報こそ子供たちの栄養だ

 すべての映像情報を子供たちから取り去っても子供たちが欲求不満におちいるだけでかえって逆効果です。親や大人たちが上手に選んで良い映像情報を与えるべきです。貸しビデオでもよいし、おばあちゃんに頼んで録画してもらう良いテレビ番組でもよいでしょう。自分で見分ける眼が出来る青年期になるまでは親が選ぶべきです。今の日本の現状は子供たちがテレビの番組を選ぶ権利を持っているため、日本の教育の大半を民放の放送局に委ねてしまっているようなものです。いくら学校で先生が教育的な話をしても、家に帰って民放の番組を見ると、その様な「かったるいお説教は」ぶっ飛んでしまいます。子供たちは先生の話に感化されるのではなく民放の番組に感化されてしまいます。民放のドラマでは、生徒が先生を呼び捨てにするのですから、学校が荒れて当然です。
 どのような番組を見ようと子供達の勝手ですが、せめて自分の子供だけには良い番組を選択して見せる様にしようではありませんか。NHKの番組には子供たちにぜひ見てほしい優れた番組が多くあります。「NHKスペシャル」、「週刊子供ニュース」、「中学生日記」、「ようこそ先輩」などです。ところが「良薬口に苦し」と言います。民放のくだらない娯楽番組とこのような質の高い番組のビデオを、両方同時にビデオデッキの前に置いておくと、子供達はくだらない番組の方から見ていきます。そしてくだらない番組を全部見てしまうとNHKの質の高い番組の方の番組を見始めます。そして見ると結構感動したりしています。このことからわかる通りくだらない番組がなければまじめな番組を見るが、両方あるとくだらない方を優先します。だから家にテレビが置けないのです。

テレビなしで充実した家族の団欒を

 友人の家や親戚の家に行ったときに、テレビがつけっぱなしにしてあると会話がテレビの話だけになってしまい一体何のために行ったのか、わからなくなってしまうことがあります。恐らく日本のかなりの家庭で食事中にテレビがつけたままになっているのではないかと思われます。まるで日本中がテレビに支配されているようです。
 テレビの番組をビデオに録画して見ている場合、食事が出来あがるとビデオを停めてから食事に専念することが出来ます。そして家族で会話を楽しんだ後、ビデオを中断したところから再生して再び楽しむことが出来ます。CMを早送りで飛ばしてしまうことも出来ます。このようにテレビでリアルタイムに番組を見るのではなく、録画してから見るとさまざまなメリットがあります。それでは「家にテレビとビデオの両方をおいて録画してから見ればと良い」と言う意見もありますが、テレビがあるとついつい録画せずにリアルタイムで番組を見てしまうのです。

テレビ番組の選択鑑賞で子供たちに教養を

 いい番組や映像は教育効果が大変高いものです。我が家では「学歴よりも教養を」を合い言葉にしています。いくら高学歴であっても教養が身に付いていなければお話になりません。学歴がなくても高い教養を身に着けている人であれば評価されるのではないでしょうか。
 「お受験」が話題になっていますが、なぜ多くの親たちは、自分の子供に学歴社会の競争コースを、同じように走らせようとするのでしょうか?
 激烈な受験競争は西部の荒野をバッファローの大群が同じ方向に突っ走っているようなものです。その大群の前に出ていこうとするには、死ぬほどの労力を使わなければなりません。大群から離れて丘の上に登ると、いろんな道と目的地が見えてくるはずです。何も、みんなが同じコースを通って同じところへ行く必要はないのです。それぞれの子供たちの目的とするところへ、いろんなコースで行けば良いのです。でもそのために必要なのは最低限の教育と豊かな教養です。過剰な受験教育は不必要です。
 民放の番組にも「知ってるつもり」など質の高い教養番組があります。親がよい番組を選択して見ることにより、民放の番組も教養の高い番組が増えてくるはずです。

実はわが家にはテレビはあります。アンテナがないのです。

 テレビなし生活をするために、最初はテレビチューナーのないモニターテレビを購入したり、テレビチューナーの付属していないビデオデッキを探し回って購入していたのですが、このごろはあきらめてテレビチューナー付の製品を購入しています。私はビデオやオーディオのマニアでもあるので居間には大型のテレビやビデオデッキが多数あります。でもアンテナ線は接続していません。そして見たい番組はおばあちゃんに頼んで録画してもらったり、会社で録画したりしています。だから本当の意味でのテレビなし生活とは言えないかもしれません。でも基本的には「わが家にはテレビはない」のです。恐らくこのようなテレビなし生活をしている人は1000世帯に一世帯あるかないかでしょう。あなたの家庭も「テレビなし生活」にしませんか?きっとさまざまなメリットがあると思いますよ。

 

 

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