ゲームの廃人

コンピューター・ゲームが成長期の青少年に与える影響を懸念する

 
ちょっとへんだぜ現代の若者
 近頃、育ち足りない青少年が犯す犯罪の記事をよく見かけます。武蔵村山のホームレスの方に対する暴行致死事件もそうですが、子供のころ友達と喧嘩をしながら成長したとは思えない、つまりどう考えても、本来遊びを通じて得る人生経験が少ないまま育ってしまったとしか思えない青少年が増えています。子供のときに喧嘩の経験を経て育つと、暴力のむなしさも経験するものです。
 又何らかの弾みや、防衛のため実力行使に出たとしてももうこれ以上の実力行使はやるべきではないと言う境界線がわかっているはずです。近頃の青少年の事件を見ると「現実世界の深刻さ」に対して理解が出来ていない様に見受けられます。
 子供のときに親からしかられて親に対する報復としての自殺を夢想したり、学校の先生にしかられたためその報復として「学校に放火する事」を夢想したりします。しかし私たちの世代の青少年はそのような手段に出ることは現代ほどはありませんでした。それは現実社会への認識があったため、もしそれらのことを行動に起こすとどのような問題が起こるかがリアルに想像でき、それがブレーキとなっていたと思います。
 ところが現代の若者は、自分たちの行動がどのような結果を及ぼすかの認識が出来ていないようなところがあります。この部分の原因について私はコンピューター・ゲームの影響を指摘したいのです。
  コンピューター・ゲームはバーチャルな空間に遊ぶゲームです。そこには友達もいなければ子供社会もありません。すべてが仮想現実(バーチャル)な世界です。この仮想現実の世界の中に現代の子供たちは長時間浸っているのです。さまざまな経験を積まなければならない成長期に、ゲームで費やした膨大な時間がまったく無駄になってしまうのです。

役に立たないバーチャルな経験
 「コンピューター・ゲーム上でさまざまな経験を積めばそれも人生の経験となるのではないか」と言った意見も聞こえてきそうです。ところが私は断言できます。「そのような情報量の少ないバーチャルな経験はまったく役に立たない」と。
 アルバイトの大学生がドライバーをぎこちなく廻しているのを見て「君はドライバーでねじを締めたことはあるのか?」と冗談半分で尋ねたところ、平然と「ハイ初めてです」と答えが返って来たので、「がっくり来た」と引越業の親方が嘆いていた。
 彼らの多くは受験勉強やゲームの経験は豊富だが、家のメンテナンスや自転車のメンテナンスをやった経験がない様である。勉強さえやっていれば「すべての家の手伝いから開放される」のでしょう。一家の中で男親の権威が下がり、母親の権威が上昇するにつれこのような傾向が顕著になるようです。我が家でも家事や家のメンテナンスを娘、息子に命じようとすると「勉強で忙しいのに、何もそのような事をやらせなくて良いでしょ。あなたがやりなさいよ」と連れ合いが横からクレームをつけます。「学歴よりも人が苦労しているのを手助けできる人物に成長することこそ大事なのにねえ」と思うのですが。
 学歴があっても「使えねえ奴」が増えています。いや現代では学歴がない上に「使えねえ奴」が増えています。昔は「学歴があるが使えねえ奴」を現場の「学歴がないが使える奴」が尻拭いをしてくれたのですが、現代ではそれも望めなくなってきています。世の中全体に「使えねえ奴」が増えているのである。

「引きこもり」の背景にゲームの存在が
 対人関係や社会性を学ぶことなく成長すると、対人関係や社会的なストレスから身を守るためにどうしても引きこもりがちになります。昔は登校拒否や出社拒否を続けてもあまりにも退屈なため変化を求めて家を出て、そして登校したり何とか出社するようになります。しかし現代では自分の部屋にリアルな体験をさせてくれるコンピューター・ゲームがあるので自室にこもったままでも退屈することがありません。ゲームを36時間やり続けた経験のある若者を知っています。現代のコンピューター・ゲームは本当によく出来ていて退屈しません。恐ろしいほどよく出来ているのです。引きこもり青年の何割がコンピューター・ゲームにはまっているのかを調べる統計的な研究が必要だと思います。

ゲームが禁止されるかもしれない未来社会
 コンピューター・ゲームが発展を遂げ、立体映像、脳波入力、感覚神経直接入力等の技術が開発されると、ますますリアルな体験がビデオゲーム上のバーチャルな空間で可能となります。こうなると一般人でさえ現実社会はどうでも良くなり、ひたすらバーチャルな空間に生きようとします。現実の世の中で働くことは面白くないことです。仕事は適当にこなして大急ぎで家に帰り、コンピューター・ゲームに没頭すれば幸せだと感じるようになります。おそらくゲームに没頭するほとんどの人は恋愛や結婚はやらなくなるでしょう。それはゲームの世界のに出てくるバーチャルな相手の方が現実世界の相手よりかっこよく、美人で、やさしいからです。現実世界に希望が見出せなくなり、ますますゲームの世界に逃避するようになるでしょう。あまりにも社会的な影響が大きくなるためコンピューター・ゲームが禁止され、ゲームプログラムは闇で取引され、末端価格が何万円もする様になるでしょう。
 そしてネット上に政府の広告が流れます。「ゲームやめますか?それとも人間やめますか?」